れた様な気持になって暮した。つかれたらしい海にあきたらしいあくびをするたんびに、
[#ここから1字下げ]
「私の顔も赤くなったしもう二十日より長くも居たんですもの帰ってもいい頃でしょう、あんまりこうやって居ると馬鹿になってしまいますもん」
[#ここで字下げ終わり]
と自分と同じ様に他人ばかりの中に自分の二人の子供と又それ以外のいろいろの事を守って居なくっちゃあならない努力につかれた様な顔をして居る母親をつかまえては云って居た。
[#ここから1字下げ]
「それもいいネエ、私ももう居るのにあきて来た、もう四五日にもなったら帰ろう」
[#ここで字下げ終わり]
 何にも思ってなそうな女中までそれをきいた時うれしそうに、
[#ここから1字下げ]
「お嬢さま、私ももうほんとうに……」
[#ここで字下げ終わり]
と云った位であった。
 嫁いで来てから随分長い間世間を苦労して渡って来た母親も宿屋生活をしなれないんで、又気ぐらいの高い事や高くとまった心をもって居る事やで人に知れない苦しみがこの旅行にともなって居た。
 自分の若い娘をなるたけよく、きれいにととのったものに見せたいと思いながら又男達にふり向かれたり、何か云われたりするといかにも不安心な抱えて置きたいとまで思われるのであった。
 小さい子供は海には入りはすまいか、ころんで額にきずを作りはしまいかと云うとりこし苦労までたった一人で、御まけに少しは神経衰弱になって居る頭であれこれと気をくばる事はつらい又努めなければならない事であった。
 ほんとうを云えば千世子より前に母親は海にあきて居たけれ共本人が、つれて来た本人がいやだとも云わないのに又それほどよくも見えないのに帰ろうと云う事はあんまり不真面目な様に思って居た。
[#ここから1字下げ]
「もうかえりましょう」
[#ここで字下げ終わり]
と云うのを心まちにまって居た。
 東京に電話をかけすぐ一日置いた日に立つ事にきめてしまった。
 千世子はこっちに来る時よりよけいにうれしそうにして居た。目をまっくろに光らせて健康らしい気まぐれな顔色をして母の女中相手のはかどらない荷造りまで手伝った。その前の晩は目があいたまんまで一晩中すごしたほどはずんだ心で居た。
 丁寧な主人夫婦の礼言葉や子供達の御名残の言葉なんかは夢中にきいて電車に国府津までそれから汽車にのってしまった。
 ゆられながら
前へ 次へ
全96ページ中80ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング