た間から一番いいのをよった蓮花がのぞいて居るのが、千世子にはさしぐまれる様な気がした。
二人の間にわだかまった事をときたいと云う様にそれからは出来るだけ陽気に天狗俳諧をしたりしてさわいだ。千世子のそんなに深く思って居ないらしい様子を見て母親は快く他愛もない事を書きつけて笑い合って居るのが、千世子には只自分のつとめた事が成功したと云う事のほかにうれしい事はなかった。
そうしてねられなかった長い間千世子は母親と小供と小さな鼻をした女中の顔を見て涙ぐんで居た。そうして居る間パチパチと目をあいたりつぶったりしながら、妙に親しくなったHと自分の事を考えないでは居られなかった。
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「何にも私はHに恋をして居るんじゃあない、そうしてして居ないと断言する事が出来る。けれ共私はあの人に同情して居る、或る程度まであの人を信じて居る、こうやってはなれて居ても思い出す事もあるだけ彼の人は私の頭の一部分を領して居るに違いない。私達は不幸だと知りながらもはなれて居られないものになるかも知れない」
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こんなに思いつづけて居る内にあんまり先の先の事まで又そんな事のない様にと思って居る事まで思ったのを恐れる様に耳をふさいで夜着の中にもぐりこんだ。
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「何! 不安心な事があるもんか自分さえしっかりして居ればチャンチャンと事はすんで行くにきまって居る、それに又若し二人が夢中になってしまったら私の望んで居る恋のどっちかが満足する様に出来上ったらそれでいいんだ。けれ共なまはんかな様子は必[#「必」に「(ママ)」の注記]してしてはいけない、私はどんな時にもそう思って居ればいいんだ。そうすりゃあ生きて居る中に恋なんかは大抵は出来そうもないけれどそれも又いい」
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考えまいと思って居ながらそんな事を考えて居た。
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「アアア」
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うす笑をして千世子はそのまんま寝入ってしまった。Hと二人で目に見えないものに深い深い谷に落とされた夢にうなされて起きた時夜があけはなれて居た。自分の先の事、又あってはならない先の事を見せつけられた様ないやな気持がして、ゆっくりとうねって居る海面と白い帆の思いなげにふくれて居るのを見て居た。
その次の日もその次の日も千世子にはものうい心が二つに分
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