に阿母さんの名まで自筆で書くんじゃあありませんか……」
「そりゃあそうでもネとかく……」
「何ぼなんだってあぶり出しの手紙なんか書きません」
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千世子はこんな事を云いながら何故私達はこんな一本の手紙なんかでこんなにさわいで居なくっちゃあならないんだろうと思った。
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「下らない事だ!」
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フッと頭の中をそういう閃きの通って行ったあとすぐ「阿母さんは私が出すのをいいと云おうか悪いと云おうか迷っていらっしゃるんでしょう、もしいいんならここに名をかくんなりウンと云うなりなさってちょうだい」
何でも早くくくりをつけちまう方がいいんだと云う様にまっしかくな目つきをして云った。
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「ほんとサ、そんな事は考え物だよ」
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にえきらない返事をしたっきり母親は前に長々とうねって居る手紙の字をあっちこっちひろって居た。二人はだまったまんまてんでな事を考えて波の音にまじってひびいて来る小さい子供と女中の笑声をきいて居た。
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「阿母さんこんな事しててもあんまり下らないじゃあありませんか、理性の人だって云ってらっしゃるのに迷っていらっしゃる?」
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母親はだまったまんま何となく落つきのない目をしてあっちこっちをながめて居た。
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「アア、そんならもう面倒くさいから出すのはやめましょう」
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云うとすぐ長い手紙をかきあつめて片っぱしから裂き始めた。
厚いまっしろい紙のこまっかくなって行く音はシュッシュッと云う悲しそうなものであった。
「何でもかまうもんか」と思いきった様な目つきをして居ながらうすらさむい様な気持になって居た。
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「何にも反古にして惜しいほどの文でもなければそれほどの字でも又やる人でもありゃあしない」
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わざとらしい様に千世子は低いこえでこんな事を云った。母親はだまってする事を見て居たが、
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「そうさ、そん[#「ん」に「(ママ)」の注記]がいいんだよ、そんな事ってのは誤解しやすいもんだから……」
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間に合わせの様にこんな事を云ってこまっかいかたまりになった手紙を見て居た。まるめ
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