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なんかと半分ひやかしの様な調子に云った。不愉快な気持をこらえこらえして家にかえると茶の間ではHの笑い声がして居た。思いがけない事の様に千世子は母親にあいさつをしてからHのかおを見た。
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「奥さんもとめて下さる――晩までとおっしゃるからどうせ今日はひまなんだからそうする事にきめたんです」
「だれでもがよろこぶ事ってすワ」
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 千世子はあんまり芝居めいた言葉だと自分でおかしくなってうす笑をした。
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「一寸マア、この頃やたらに露国の脚本によみふけって居るんでまるで科白みたいな事を云う事があるんですヨ、面白うござんす家で芝居のただみが出来るんですもの……」
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 千世子は小さな子供のする様に一寸くびをまげてHを見て笑った。
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「マア、ようござんすヨ、毎日を芝居にして暮していつまでも居られやしないんですものネエ」
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 Hはこんな事を云いながら遠いところに去ってしまったものをおっかける様な目つきをした。
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「夕飯にはお父さまもめずらしくお家だから御馳走しましょうネエ」
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 母親はこんな事を云って行くまもなく台所の方から、
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「八百屋に電話をかけてネエ、アアそうだよ、三枝はまだかえ? じゃあついでにさいそくしとくといいね、ジャガイモは二十位でいいんだよ」
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と云って居るのがきこえた。
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「奥さまっていやなもんですわネエ、毎日毎日ろくに本もよめないでしごとをしたり女中に命じたり小供達のけんかの仲裁をしたりしてばかり暮してしまうんですものネエ」
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 母親のこえをじっとききながら独りごとの様に云った。
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「もっと年をとれば気が変りますよ!」
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 Hは雑誌を見ながら、
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「いくらいやでも女は独立しにくいもんですからネエ」
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 こんな事も云った。
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「私は男と一緒に居なくったって生活は出来ると思いますワ。男が我ままでかんしゃくを起すのをジッときいて居なくっちゃあならなかったり、大きなみ
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