は一寸も話せませんでしたネエ、少しかおが青うござんすよ、何か清心丹か何かもつかのむかしていらっしゃい、ネ、一寸、お嬢さんに何かかるいものをもって来てあげて――」
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わきに立って居た女中に云いつけて、
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「額を出して御らんなさい?」
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といかにも案じて居る様に云った。千世子は男の様に広い額を出しながら、
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「何ともありませんわ、熱なんかありませんわ」せかせかする様に云った。
女中のもって来た銀丸をはの間につぶしながら、
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「あの御気の毒だけどまってるから御弁当をサンドウィッチにしてネ、少し気分がわるいから御はんをたべたくないから……」
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女中は少し迷惑そうなかおをしながら茶碗をもって台所の方に走って行ってしまった。
千世子は柱によっかかってHを見ながら、
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「ネエHさん、今日みたいな日にあんまりあなた私の事に気をつけて下さるもんじゃありませんのよ。わけはなくっても思い出されるもんですし、それに――いかにももう御別れだと云う様でいやですわ、」
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こんな事を云って淋しい様な笑い方をした。
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「女ってものはかなり年をとっても一日でも家に居た人と別れるなんて云う事は大変きらいな何となく涙ぐむ様な気持になるもんですものネエ」
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又すぐつづけて千世子は云った、目の中に何かがこみあげて来た様な気持がした。
Hは一つ一つうなずいて居た、言葉に出しては一言も云わずに一番おしまいに大きくうなずくとかるいため息をついて笑った。
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「何故あの人はあんな引つれた様な笑い方をするんだろう」
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Hの口元を見て千世子はチラリッと思った。
千世子の感情の上に重いものがのしかかりのしかかりする様になって来た。敷石を靴のつまさきであるいた千世子は、Hの見つめる眼の中に自分が段々小さくなって行く様に思われた。
にげる様に門の外に出てホッとした様にたいらに白く光って居る広い道をうつむきがちにあるいた。
友達は皆、
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「貴方青いかおをしてらっしゃる」
「ゆうべよくねなかったとかおに書いてある」
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