べ》っからのせっぱなしにして置いた短っかい一寸した感想の様なものを真面目に肇は見て居た。
 千世子はホッと顔が熱い様になった。
 けれ共すぐ元に戻った青白い顔を真正面に向けてうつ向いて読んで居る肇の顔を珍らしいものの様に見た。
 丁度うっとりと眠ってでも居るかと思われるほど長い黒い「まつ毛」がジイッとして、うすい原稿紙《かみ》を持って居る細やかな指もぴりっともしない。
 こんなに静かで居て火花を散らして働いて居る頭の裡《なか》を想《おも》うと空《そら》おそろしい様な気もした。
 ややしばらくたって肇がそれをテーブルの上に置いた時思いがけなく自分を見て居た千世子をチラット見て子供がする様な笑い方をした。
 誘われた様に千世子もだまって微笑んだ。
 千世子の頭には無断《むだん》で自分の書いたものを読まれた事に対して何か云わなければならない様な気持が満ち満ちて居た。
 けれ共はにかみ屋の小娘の様に口に出しては何事も云わなかった、そして母親と三人で一番近くにあった芝居の話や新らしい書籍の話やらを開けっ放した気持ちでして居た。
 かなり名の聞えて居る小説家の裡で千世子はどんなにしてもただ訳《らち
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