と肇を観察して居るのが自分の為にだとは思いながら折々千世子に不愉快に思われる事もあった。
静かに育った頭と上品な話し振で、家庭の辛い裡《なか》に育った人とは思われない様な調子であった。
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「彼の人の様子や頭でそんな事は無いらしい。
私はきっとない様な気がして居る。
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千世子はそんな事を母親に云いながらも神経質で美くしい口調としっかりした頭を持って居ながら馬鹿な下《くだ》らない事をして行方も分らない様になった知人の一人の事を思い出して思いがけない事のある人間の裡《うち》に肇も入って居るんだと思うと、もう一年もつき合って居たら思いがけない処から、思いがけないものが現れて来やしまいかと云う様な事が思われた。
其の次肇の来た時、千世子はこの前の事を何にも云わなかった。
肇も亦それについては一言も口に出さなかった。
懐の裡に入れて来た肇の雑誌に千世子が読みたいと思うものが出て居たのでそれを見つけるとすぐ奪う様にして息もつかず肇を忘れた様に読み始めた。
眼の奥が痛い様になるほどいそいで読んでフイと首をもちあげると不用意に千世子が昨夜《ゆう
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