《うち》の者の事を話すのがすきな千世子は肇にさえ変に思われたほど熱して真面目に云った。
 千世子は家の事を云う毎に必ず幸福だと云う。
 希望に満ち、喜びがあふれて居る、と云う。すさんだ家庭に幼《ちいさ》いから辛《つら》い目に会って来た肇はふっくりした、焼立《やきた》てのカステーラみたいに香り高い甘味のある、たっぷりのうるおいがきめ毎にしみ込んで居る千世子の家の人達に交ると云う事はなぐさめともなり薬にもなった。
 ホーム、スゥイート・ホームと云う言葉をしみじみと味わって見られたらなどと肇が云うと、母親はすぐ、
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 貴方がお父様になれば好《い》い。
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などと笑いながら云うと肇はフット笑いかけても唇をつぼめて苦《にが》い顔をした。
 母親はそんな事を不思議がって、
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 あの人は過去に暗い影を持って居るんじゃああるまいか。
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などと云ったけれども千世子には信じられない事だった。
 物がすぐ好きになる、物事に限らず人でもすぐ信じ易い千世子は肇を普《なみ》の友達としてこだわりのない気持で居たけれ共母親は深々
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