て居なかった。
遠くからながめる夏の暮方の森林の様な心の色が何にでもおだやかな影を作って「我《が》」の勝《か》った張強《はりづよ》い千世子の心さいその影のかすかな影響をうける事さえあった。
自分の好《この》み、自分の思想、などと云うものはまだそうよく知り合わない千世子に明す事は一寸もないと云って好い位だった。
自分が進んで話を切り出し、自分が自分を明《あきら》かにする事よりも、人の云い出す話を静かに聞き、他人《ひと》を細々と観《み》るのがすきな人だとじきに知った千世子は始終自分のわきに眼が働いて居る様な気がして肇と相対して居るときには例え其の手|際《ぎわ》は良くなくってもあんまり見すかされないだけの用心をした。
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何と云う事なし、私は落ついた「まばたき」の少ない眼で見られるのは堪らなくいやなんです。
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肇に対して自分の知識を深遠なものにし、自分の思想と云うものを尊いものにして置きたい千世子はあんまり不用心に知って居るだけの事は話さない。
お互に或る無形の鏡を持って照し合わせ様として居るのを又お互に知って居た。
時々亢奮した目附
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