しとやかな児だった。
 それからもう十年より沢山会わないで居たんだからどう性質が変ったか分らない。
 でも内気な気持だけは今だに持って居るらしい。
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 母親はこんな事を云った。
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「私は友達ってものもあんまりありませんから、気の向き次第いつでも上ります。
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 肇は自分の住居から一番近いと云う事と母親が女としては頭が有ったと云う事とで段々度々千世子の家へ来る様になった。
 来ても何をそう食べると云うでもなくしゃべると云うでもなく他処よりも木の葉の深々と繁って居るのを見たり、忘られた様な数多の書籍の裡から思いがけなく好い絵や言葉を見つけ出したりして居た。
 上品なこの来る度の無口さは千世子に、やがて口を開いた時に云う言葉の価値をいかにも大きいらしく思わせた。
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 貴方は一度|緒《くち》を解《と》いたらいつまででも話しつづける方なんでしょうねえ。
 そいでその緒をなかなかほごそうとなさらない。
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 たまに千世子はそんな事を云う事もあった。肇はにぎやかな、はでな処をわけもなく好い
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