思われて立つ時間を聞きにやった。
いよいよ立つ日には落ちては来なかったけれど泣きそうな空模様だった。
御昼飯を仕舞うとすぐ千世子は銘仙の着物に爪皮の掛った下駄を履いてせかせかした気持で新橋へ行った。
西洋洗濯から来て初めての足袋が「ほこり」でいつとはなしに茶色っぽくなるのを気にしながら石段を上るとすぐわきに、時間表を仰向いて見て居る京子の姿を見つけた。
奇麗に結った日本髪の堅《かた》くふくれた髷が白っとぼけた様な光線につめたく光って束髪に差す様な櫛《くし》が髷の上を越して見えて居た。
だまって先[#「先」に「(ママ)」の注記]ぐ後から軽く肩を抱えた。
急に振りっ返った京子は顔いっぱいに喜んで、
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「まあ来て下さったの、わざわざ。
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そう云ったっきり千世子の手を振って涙含んだ眼で胸のあたりを見て居た。
そんなに時間もなかったので千世子は入場券を買って居るとわきに居た京子は、
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伯父ですの。
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と云って一人の男の人を引き合わせた。
うすい地のインバネスを被《はお》って口元に絶えず堅い影をただよわせて居る人だった。
その伯父と云う人は千世子に通り一ぺんの口を利《き》くとそのまんま赤帽の方へ行った。
ただ見かけただけだったにしろ、ろくに笑いもしない様な伯父と京都まで差し向いで居なければならないのかと思うと斯うやって満足して居る京子がみじめな様に思われた。
プラットフォームに入っては口もろくに利けないほど急《せ》いた気持になって持って来たチョコレートの折《おり》をわたしたりしわになった衿をなおしてやって居るともう発車の時になって仕舞った。
コトリと動き出して、京子の窓が三間ほど向うへ行った時千世子は何の未練《みれん》もない様にいつもの通りの歩きつきでサッサッと停車場を出て仕舞った。
急に開けた往来の真中に立って見知らずの人達がただスタスタと目の前を歩いて行くのを見ると急に友達を送って来たと云う一種異った淋しい様な気持が千世子の胸に満ちた。
電車の中では隣りの人の雑誌に心を引かれてすぐに家に行きついた。
入り口の石の上に見なれない下駄がそろえてあった、来た人が誰だか千世子には一寸想像がつかなかった、母親の居間で客の話し声が聞えた。
男にしては細い上っ皮のかすれた様な声をその人は持って居た。
千世子は自分の部屋に入ると懐のいろんなものを机の上にならべた時母親に呼ばれて千世子は居間に行った。
あけっぱなしの縁側のわきに座ると母親は自分の近い身内の者で千世子にもかなり近い人だと云った。
柔かな厚い髪が額にかかって思いのこもった眼と白い良くそろった歯をその人は持って居た。
肇と云う名だった。
顔が細くて男にしては喉仏の小さいのや、少しずつひかえ目に内気に物を話すのが千世子には快い気持を起させた。
初対面のほぐれにくい話の緒をもてあます様にして居る肇の態度がまだそうはすれない人の様に見せてじきに一つ事に熱中するらしく見せて居た。
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又|度々《たびたび》いらっしゃいな。
今度の時は御馳走してあげますよ。
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などと母親に云われて肇が帰るとまだ肇の小さい時の事なんかを話してきかせた。
十二三になっても夜は一人で「はばかり」へ行かれなかった児だったとか、すぐ物を恐れる癖があったとか云うのがその様子に思い合わせて千世子にはうなずかれる様な節々が多かった。
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「先はいいしとやかな児だった。
それからもう十年より沢山会わないで居たんだからどう性質が変ったか分らない。
でも内気な気持だけは今だに持って居るらしい。
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母親はこんな事を云った。
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「私は友達ってものもあんまりありませんから、気の向き次第いつでも上ります。
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肇は自分の住居から一番近いと云う事と母親が女としては頭が有ったと云う事とで段々度々千世子の家へ来る様になった。
来ても何をそう食べると云うでもなくしゃべると云うでもなく他処よりも木の葉の深々と繁って居るのを見たり、忘られた様な数多の書籍の裡から思いがけなく好い絵や言葉を見つけ出したりして居た。
上品なこの来る度の無口さは千世子に、やがて口を開いた時に云う言葉の価値をいかにも大きいらしく思わせた。
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貴方は一度|緒《くち》を解《と》いたらいつまででも話しつづける方なんでしょうねえ。
そいでその緒をなかなかほごそうとなさらない。
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たまに千世子はそんな事を云う事もあった。肇はにぎやかな、はでな処をわけもなく好い
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