忘られない様な見開いた眼と長い「えり足」を持って居る人だったけれ共横から見る唇がたるんでシまりなく下《さ》がって居たので一目見ただけで千世子の心の喜びはあとかたもなく消えると、今まで美くしいと思えた人が堪らないほどみっともなく思う様になった事があった。
美くしくもなく勝《すぐ》れた頭を持って居ると云うでもない京子と気まずい思い一つしずにこの久しい間の交際[#「交際」に「つき合」の注記]が保《たも》たれて居るのは不思議だと云っても好い事だった。
千世子とは正反対にただ音無しい京子の性質と何でもをうけ入れやすい加型[#「加型」に「(ママ)」の注記]性のたっぷりある頃からの仲善しだったと云う事が千世子と京子の間のどうしても切れない「つなぎ」になって居たばっかりであったろう。
一言一言を頭にきいて話す頭の友達が出来そうなど云《い》う事はその人が何であろうとも千世子には快かった。力のある満ち満ちた生き甲斐のある生活を好《す》いて居る千世子にとって自分の囲《まわ》りをかこむ人が一人でも殖《ふ》えると云う事が嬉しかったし又満足されない自分の友達と云うものに対しての気持を幾分かは此人《このひと》によって満足されるだろうと云う深く知り合わない人に対しての良い予期も心の裡に満ちて居た。
(二)[#「(二)」は縦中横]
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夜が一番美くしい。
昼間のまっすぐに通った大路は淋しい人通りがあるばっかりでいかにも昔栄えた都と云う事がしのばれます。
貴方にも都踊は見せてあげたい。
祇園の舞妓《まいこ》はうっかり貴方に見せられないほど美くしい可愛いもんです。
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自分で書いたらしい首人形のついた絵葉書に京子からこんな便《たより》があった。
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貴方にうっかり見せられないほど――
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その文句を見て千世子は一人笑いを長い事した。
自分の性質をよく知って居る京子がうっかり見せられないと云うのはほんとうの事だろうと思った。「美くしい」と名のつくものは何んでも千世子はすぐ好《す》きになったそしてもうはなしたくない様な気持になった、下らない子供のおもちゃでもまた立派な道具でも奇麗だとなるとすぐ自分の者[#「者」に「(ママ)」の注記]にしたくなって仕舞う。
だから、奇麗だと思って居たものがきたなかったりするともうしんからがっかりして仕舞うのが癖だった。
家《うち》の者達は何でも物事を奇麗にばっかり思って居る千世子はまるで世間知らずな小娘の様だなんかと云う。そんな時には千世子はむきになって「美くしさ」と云う事を説《と》く。
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「美くしさと云うものはどんな物にでもひそんで居る、その表面には出て居ないながらも尊い美くしさを速《さと》く感じる事の出来ないのは一生の方《う》ちには半分位損をする。
自然の美くしさをあんまりわすれかけると大変な事になって仕舞う。
人工の美くしさにはかなりな批評が出来るけれ共自然の美くしさは批評をする事がなかなか出来ない。
すき間も無い美くしさだから批評は入れられない。
人の手の届かない美くしさを持って居るからだ。
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なんかとはいつでも云った。
永い間つき合って居る京子にこんな種類の話は幾度仕たかわからない。
京子はあんまり熱中して話す様になると、
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美くしさの気違《きちが》いさん
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と呼んだほどである。
そう呼ばれても千世子は満足して居る。
――○――
葉書をうけとって間もなく千世子は返事を書いた。
そしてあんまり棒の太くない首人形をお土産に持って来て呉れるのを忘れない様になどと戯談《じょうだん》らしく書きそえた。
女中にたのんで出させにやると入れ違いに肇が訪ねて来た。
いつも来るときまって通す部屋に入れて千世子はいかにも喜んで居るらしい目つきでまとまりのつかない事をいろいろと話した。
散歩に出た時の話だの旅行に行き度いと思うなどと一時間も立てばフイになって仕舞うほど実《み》のない下らない事を二人は話した。
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「ねえ、
もう少しどうかした話はないんでしょうか?
「さあ、
もう少しどうかした話しって。
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上品な肇の沈黙がまたひろがって行く。
千世子は大きな籐椅子に倚《よ》って肘掛《ひじかけ》に両肘をもたせて両手の間に丸あるい顔をはさんでじいっとして居た。
どっちかが口を切らなければ斯う云う沈黙はいつまでもはてしなくつづくのである。
何とはなし重っ苦しい垂幕《たれまく》の様な沈黙をやぶって口を開くのは大抵の時は千世子であった。
その時さっ
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