かったけれ共|旧家《きゅうか》だもんで今東京で相当に暮して居る。
千世子の家とはかなり親しいんで千世子なんかもちょくちょく行った。
大伯母さんと千世子なんかは呼んで居た。三十八九の時、信二をもったので息子の年の割に母親は老《ふ》けて居て鬢《ビン》はもう随分白く額なんかに「涙じわ」が寄って居る。
まとまった意味のある話の出来ない人でクタクタな首をふらふらさせながら涙組んで、
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父親が無いんで何かにつけて彼も可哀そうでねえ、
どんなに頼《たよ》りがなかろうと思うと。
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なんかと泣く様に云われると、
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ほんとうにねえ。
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と云いながら千世子は座って居る腰をストンと落して大伯母と一緒にクタクタになりそうに気がめ入った。
大伯父はしっかり者で頭の明かな人だったから好い様だったけれ共その夫《おっと》になくなられて後このクタクタな年中悪酒に酔わされて居る様な頭の大伯母が一人で自分の老後の掛り児をなみなみに仕上げ様とする努力は実に普通の母親が三人子供を仕立てる位のものだった。
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「彼の人の云う事も思って居る事も私には一寸も分らないんです。此頃なんかは困って仕舞う事ばっかりでねえ。
今の学校ももうじきに出るんですしこの先をどうしたらいいか、又貴方のお父様の御力でもかりなくっちゃあねえ。
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などとグドグドこぼして千世子にまで相談した。
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「この間の休に毎日毎日四角なすじのある紙に何か書いて居ましたから『何をおしだい』ってきいたら小説とかを書いて居るって云いましたっけが、暮しに困りさえしない様ならその小説屋さんにしても当人の好む事ならとも思ってねえ。
お金になりましょうかねえ。
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千世子は何だか体中がムズムズする様だった。
金持になりたい人が小説屋さんになるのは間違って居る□□□[#「□□□」に「(三字不明)」の注記]偉いものになったから一人手にお金持になる事はあるかもしれないけれ共金持になりたいのが目的ならだめだ。
千世子は大伯母がわかるまで廻りくどく七くどく話した。話をきいた大伯母がげんなりした様に、
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それなら、その小説屋さんとか云うものもいけず、ねえ。
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