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と云ってグタグタといつもの様に首を振った時何ともつかない面白い様な可笑しい気持がして笑が喉元にグイグイとこみあげて来た。
 そんなにこの大伯母に心配をかけるに十分なだけ信二もまたかっちまりのない風にゆれる夕顔みたいなノコンとした気持で居た。
 別に仕たい仕事もこの世の中には無い様に云って居た。
 生涯の目的が定まって居ないからこれから先行く学校は自分でも分らず親類の者の考えで蔵前を受けて誰でもが予想して居た通りの結果で選抜されるほどの頭も鬼っ子で持って居なかった。
 或る学校の補欠の試験を受けるつもりで当人は居るけれ共身内のものは皆あやぶんで居る。
 もうまるで大人になった体をもてあました様に柱によっかからせてついこないだから着始めた袖の着物の両袂に手を突込んで突袖をして居る様子は「にわか」の由良《ゆら》さんを十倍したほど下品に滑稽で間抜けに見えた。
 千世子が歯がゆい様に眉《まゆ》をピクピクさせながら、
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 貴方、何か好きな事はないの、そうやってたって仕様がないじゃあありませんか。
 大伯母さんはそりゃあ案じてなさるのに。
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なんかと云うと、
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 ええ
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と青っぽい油の浮いた顔を赤くして寝ぼけた様な返事をするのが千世子には堪らなく見っともなかった。
 まとまりのない頭の裡を大部分占めて居る其の年頃特有な気持が何かにつけて見っともない様子を信二に与えた。
 何となしノポーッとした躰やじいっとした瞳や、やたらに気味悪いほど赤い唇が信二の年と共に育って、その唇からジラジラした嫌な声が出ると千世子は自分の体がちぢまる様な気がして自分がこんな男でなくってよかったなあと思う心とやれやれと思うのが一緒に混《まじっ》た溜息《ためいき》をついた。



底本:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年11月25日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第6刷発行
初出:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
   1981(昭和56)年11月25日初版発行
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2008年5月16日作成
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