が何の苦《く》もなく出来る事だった。
自分が男だもんで着物の色彩からうける快《こころよ》さ又一種の喜びなんかと云うものは到底味わわれない。
強いて目立つ色の着物でゾロットする事などは学者肌とも云う様な肇の出来る事ではない。
色彩と云うものに対しての気持は一人前以上に強いのだ。
などと云うと千世子は短《みじ》っかく「ザンギリ」にした頭をまるむきに出して青っぽい袴と黒か白位の着物をノコッと着た肇を見てつくづく気の毒な様な気持がした。
この頃の若い女の人は随分飛び飛びな種々な色を身につける。
髪に新ダイヤが輝いて赤い「ツマミ細工」のものなんかも一緒に居る。
それでも夏はそれほどひどくは気にならないけれど冬羽織着物、下着、半衿とあんまり違《ちが》う色を用《つか》うのは千世子は好《す》いて居なかった。
紫紺の極く濃いのと茶っぽい色とを好《す》いて居る千世子が夏の外出に、白い帯[#「帯」に「(ママ)」の注記]に赤味がかった帯をすると気がさす様で仕様がなかった。
沢山の色が自由になると云う事が好《い》い事で又悪い事だなどと云う事もあった。悲劇を産《うむ》とも云った。
話の緒がフットした事でほぐれるといかにも自由に肇はいろんな事を千世子にはなした。
予期して居た通りいつ来た時でも「あくび」が奥歯の隅でムズムズする様な事がなかった。
自分の生い立ち等を話す時はあんまり神経的になりすぎた。
けれ共一度寄せた大浪が引く様に高ぶった感情がしずまると渚にたわむれかかる小波《さざなみ》の様に静かに美くしく話す、その自分の言葉と心理《こころ》をどうにでも向けかえる事の出来るのを千世子は羨《うらや》みもし又恐ろしい事だとも思った。
千世子の好《す》いて居る詩人をすき、絵風を好み、話をすく、肇は話がはずめば随分も長い間居た。
けれ共|灯《ともし》のつくまでも千世子を相手にしゃべる事はあんまりしなかった。
人の物を食《た》べる口つき手つきで千世子は人がきらいになる事がないでもない。
漸く話のわかって来た友達を失うと云う事は嬉しい事ではないので結句《けっく》その方が流《なが》し元まで響き渡ってよかったのである。
――○――
其の日は随分暑かった。
明けられる「まど」は少し位無理をしたって開けっ放《ぱな》して客があったらすっかり裡《なか》が見える様に
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