きたなかったりするともうしんからがっかりして仕舞うのが癖だった。
 家《うち》の者達は何でも物事を奇麗にばっかり思って居る千世子はまるで世間知らずな小娘の様だなんかと云う。そんな時には千世子はむきになって「美くしさ」と云う事を説《と》く。
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「美くしさと云うものはどんな物にでもひそんで居る、その表面には出て居ないながらも尊い美くしさを速《さと》く感じる事の出来ないのは一生の方《う》ちには半分位損をする。
 自然の美くしさをあんまりわすれかけると大変な事になって仕舞う。
 人工の美くしさにはかなりな批評が出来るけれ共自然の美くしさは批評をする事がなかなか出来ない。
 すき間も無い美くしさだから批評は入れられない。
 人の手の届かない美くしさを持って居るからだ。
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なんかとはいつでも云った。
 永い間つき合って居る京子にこんな種類の話は幾度仕たかわからない。
 京子はあんまり熱中して話す様になると、
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 美くしさの気違《きちが》いさん
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と呼んだほどである。
 そう呼ばれても千世子は満足して居る。
          ――○――
 葉書をうけとって間もなく千世子は返事を書いた。
 そしてあんまり棒の太くない首人形をお土産に持って来て呉れるのを忘れない様になどと戯談《じょうだん》らしく書きそえた。
 女中にたのんで出させにやると入れ違いに肇が訪ねて来た。
 いつも来るときまって通す部屋に入れて千世子はいかにも喜んで居るらしい目つきでまとまりのつかない事をいろいろと話した。
 散歩に出た時の話だの旅行に行き度いと思うなどと一時間も立てばフイになって仕舞うほど実《み》のない下らない事を二人は話した。
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「ねえ、
 もう少しどうかした話はないんでしょうか?
「さあ、
 もう少しどうかした話しって。
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 上品な肇の沈黙がまたひろがって行く。
 千世子は大きな籐椅子に倚《よ》って肘掛《ひじかけ》に両肘をもたせて両手の間に丸あるい顔をはさんでじいっとして居た。
 どっちかが口を切らなければ斯う云う沈黙はいつまでもはてしなくつづくのである。
 何とはなし重っ苦しい垂幕《たれまく》の様な沈黙をやぶって口を開くのは大抵の時は千世子であった。
 その時さっ
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