忘られない様な見開いた眼と長い「えり足」を持って居る人だったけれ共横から見る唇がたるんでシまりなく下《さ》がって居たので一目見ただけで千世子の心の喜びはあとかたもなく消えると、今まで美くしいと思えた人が堪らないほどみっともなく思う様になった事があった。
美くしくもなく勝《すぐ》れた頭を持って居ると云うでもない京子と気まずい思い一つしずにこの久しい間の交際[#「交際」に「つき合」の注記]が保《たも》たれて居るのは不思議だと云っても好い事だった。
千世子とは正反対にただ音無しい京子の性質と何でもをうけ入れやすい加型[#「加型」に「(ママ)」の注記]性のたっぷりある頃からの仲善しだったと云う事が千世子と京子の間のどうしても切れない「つなぎ」になって居たばっかりであったろう。
一言一言を頭にきいて話す頭の友達が出来そうなど云《い》う事はその人が何であろうとも千世子には快かった。力のある満ち満ちた生き甲斐のある生活を好《す》いて居る千世子にとって自分の囲《まわ》りをかこむ人が一人でも殖《ふ》えると云う事が嬉しかったし又満足されない自分の友達と云うものに対しての気持を幾分かは此人《このひと》によって満足されるだろうと云う深く知り合わない人に対しての良い予期も心の裡に満ちて居た。
(二)[#「(二)」は縦中横]
[#ここから1字下げ]
夜が一番美くしい。
昼間のまっすぐに通った大路は淋しい人通りがあるばっかりでいかにも昔栄えた都と云う事がしのばれます。
貴方にも都踊は見せてあげたい。
祇園の舞妓《まいこ》はうっかり貴方に見せられないほど美くしい可愛いもんです。
[#ここで字下げ終わり]
自分で書いたらしい首人形のついた絵葉書に京子からこんな便《たより》があった。
[#ここから1字下げ]
貴方にうっかり見せられないほど――
[#ここで字下げ終わり]
その文句を見て千世子は一人笑いを長い事した。
自分の性質をよく知って居る京子がうっかり見せられないと云うのはほんとうの事だろうと思った。「美くしい」と名のつくものは何んでも千世子はすぐ好《す》きになったそしてもうはなしたくない様な気持になった、下らない子供のおもちゃでもまた立派な道具でも奇麗だとなるとすぐ自分の者[#「者」に「(ママ)」の注記]にしたくなって仕舞う。
だから、奇麗だと思って居たものが
前へ
次へ
全19ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング