のに着かえた。
 細っこい胴に巻きつく伊達巻のサヤサヤと云う気軽な音をききながら、
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 木の深い森へ行きとうござんすねえ。
 すぐそこの――ほら、
 先に行きましたっけねえ、
 あすこへ行きましょうよ、
 どんなにいいでしょうねえ。
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 千世子はそんな事を云いながらわきに絵筆をかんで居た京子をつっついた。
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「あしたっからまた一週間寝たけりゃあ行きましょうさ。
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 とりすましたどこまでも千世子の保護者だと云う様な調子に云った。
 千世子はそれなりだまった。
 床の上に座って白い鳩の舞うのを見て居た千世子は小声に思い出す歌をつづけざまにうたった。
 そして晴ればれした安心した気持になった。
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「ねえお京さん私もうすっかり治ったらしゅうござんすよ。
 そりゃあ頭が軽くていい気持だ。
「貴方なんか治ったと思ったら一分とたたないうちに治っちまいましょうよ、
 自分で病気を作るんだもの。
 起きて居たいんでしょう。
「でも少し頭がフラフラする。
「そんならまだ良くないんじゃありませんか、
 何が何だか一寸もわけがわかりゃあしない。
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 二人は大きな声で笑った。
 そして京子は千世子のくぼんだまぶたを見ながら、
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 少し目が有るらしくなりましたねえ。
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なんかと云った。
 夕飯がすむとすぐ肇が来た。
 千世子は自分の居る部屋へ通した。
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「いかがでいらっしゃるんです?
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 顔を見るとすぐ肇はきいた。
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「有難う、今日はこの通りなんです。
 度々来て下すったんですか?
「いいえ、そんなに度々でもありませんけど、
 二三度上りました。
 篤さんと一緒に――
「女中がおことわりしたんでしょう?
 そんな事私が云い出したんじゃあないんですけどね、ここに居る人が云いつけたんですよ。
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 千世子は京子を見返りながら笑った。
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「貴方にさわると思ってですよ。
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 京子は不平らしく云いながらも一緒に笑った。
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「でもねお陰でもうすっかりいい様になったんです。
 頭もそう気になるほどでもなくってねえ。
 今日は午後っからずーっと起きてるんです、
 いいお天気でしたからねえほんとうに――
「ようござんしたねえ、
 早く御なおりなすって。
 篤さんも随分心配してましたよ、
 あの人は去年貴方が悪くていらした時もしってるってそう云ってました。
 あの書斎のひろい椅子に腰かけて青い顔をして居るのを見るのはほんとうに変なほど気味が悪いって。
 やっぱり眼の上が落ちました、
 そいで眼が大きく見える。
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 千世子はさっきの京子の言葉を思い出して笑いながら小さい鏡を立って持って来た。
 その小さい中にうつる自分の顔を見ながら、
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「まあ、ほんとですねえ。
 少し気違いじみた色をして、
 随分青いんですねえ私の顔は、
 それにふだんだってそんなに赤ら顔じゃあありませんからよけいなんですよ。
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 肇はだまって千世子の顔を見つめた居た。
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「ああ貴方も見つめる癖を持ってらっしゃる、
 私もそう云うくせが有るんですよ。
「そうですか、
 自分じゃあ気がつきませんがねえ。
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 もう初めて会った日から一月目の今日までに五六度会った肇はよっぽど話をする様になった。
 話す時にも長い「まつ毛」を見開いて一つ所を見つめて居るのが癖だった。
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「どうしてあの人はあんな亢奮した様な声をいつでも出すんだろう」
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とさえ千世子は思った事があった。
 今夜はなお余計そんな様子が見えた。
 千世子は沈んだ様な声で話した。
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「貴方は重い顔色をしていらっしゃる、
 頭でもどうかしてるんですか。
「いいえ、そうじゃあありません。
 けれ共、頭にこびりついてはなれない事が有ってこまって居るんです、
 見込まれた様に――
「私に云えないんですか。
「別に云えないなんて事はありません。
 ほんとうに下らない事なんだけれ共私は考えさせられて居るんです。
「云ったっていいんならお話しなさいな。
「ええ――
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 肇はだまって庭の方ばかりを見て居た。
 その思いあまった様な目つきやしまった頬を見ると千世子には肇が何を思ってるかが大抵見当がついた。
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「ね
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