お互に初めて会ったって云うんでどっか内密《ないしょ》なものを抱えて考え考え口をきいてますけど、若し三年も四年も御つき合して居てその時に今日の事を考えて見ればきっと何となくふき出したくなる気持がしましょうね。
「そうかもしれませんねえ、
でもどうだかそんな事は今っからわからない。
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肇は低い声で返事をした。
話しの種のなくなった様に三人は丸くなってだまって居るうち千世子の心にはいかにも突飛なお伽話めいたものが思いうかんだ。
けれ共千世子はそれを話す事はしなかった。
篤はそんな事に対しての興味はそんなに持って居ない、肇だって初めて会ったばっかりでわかりもしないのに。
こんな事を考えて居ると肇はチラッと頭をまげて瓦斯の燃える音を聞いて居る千世子の方を見ながら、
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君? 何時だえ?
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と篤にきく。
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時間をきにしてらっしゃる?
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千世子は元の所を見たまんまぶつかる様に云ったんで、篤は千世子が怒ったのかと思った。
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だってあんまりおそくなるといけませんからねえ。
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云いわけらしく云うと、
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何! かまわないんですよ、いくら御覧なすったって!
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大きな声で千世子は笑った。
時計の蓋をしめながら、
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じゃ、もうあんまりおそいから失敬します。
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と云って立ち上ろうとした二人は間の悪そうに袴の紐にくさりをまきつけてからも立つ機会がなかった。
今までよりも一層はげしいすき間が三人の間に出来た、千世子はそのすき間にすべり落ちて死んで仕舞えるほどの深さが有るに違いないとさえ思った。
瓦斯のポーポーと云う声よりももっと低い様な調子で話しながらしげしげ四方を見廻した。
そうして居るうちに、女中《おんな》部屋のボンボン時計が間の抜けた大女の様な音で十一打った。
二人ははじかれた様に立ちあがって、
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何ぼ何でもあんまりですから。
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と云った。
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「どうもお気の毒さま、さぞ待遠くていらしたんでしょうね。
「何がです?
「時計の鳴ってくれるのが。
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急ににぎやかに入口に出ると肇は帽子をかぶりながら、
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「お邪魔しました。
また今度上るかもしれません。
「どうぞ、
私のお天気屋と我ままと『かんしゃく』さえ御承知なら。
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かるく頭をさげて千世子は笑った。
そしてまだ後姿の見えるうちに部屋へひっこんでしまった。
――○――
辺□[#「□」に「(一字分空白)」の注記]な暗いばっかりで何のしなもない夜道を二人はぴったりならんで歩いた。そして若い女達がよくする様にお互に手をにぎりっこして水溜り等に来かかると、水溜の上に二人の手でアーチを作ってとび越えたりした。小石をけとばしながら篤は肇の顔をのぞき込む様にしてきいた。
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「どうだったえ?
「何が?
「何がってさー、今日の訪問がさ、――どうだったかってきくんじゃあないか。
「そうだねえ、どうって別に――
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肇は煮えきらない返事をした。
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「あの女《ひと》はどう思ったえ――
一寸見た時どんなだと思ったね。
「そうさねえ、
そんな事君一体はっきり云えるもんじゃないよ。
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改まった口調で肇は云って瓦斯燈を見あげてしかめっつらをした。
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「いやじゃあなかったろう、
今度っきり始めての最後にする気はないだろう。
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篤は肇の肩を抱える様にして云った。
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「でもね、
あの女《ひと》はほんとうに感情家で我ままで御天気屋なんだよ。
そして――
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肇は何とも云わずにひろびろと横わって居る淋しい町を見て居た。
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「あの人はね、
だれでも若い者がきらいになれない人だよ。
すてきな顔つきでも姿でもありゃあしないけれど。
それにねあの人は音楽も少しは出来る――
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篤はまとまりのつかない事をつづけて云った。
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「でも僕はまだそんなに感じを受けて居やしない、
何にしろ初めて会った人だからねえ。
この次行く気んなったらまた一緒に行こうねえ。
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肇は千世子の額と一風変った髪形を思い出して居た。そして筒の中
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