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ときいた。
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「あの――笹原の肇《はじめ》って云うんです。
 早稲田だねえ、君!
 小さい時っからの仲よしなんですよ。
「まあ、そんなら今までお目に掛らなかったのが不思議な位ですねえ。
 ああそれから、
 貴方こっちへいらっしゃいよ。
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 千世子は京子をまねきながら、
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 この方はね、私がもう随分長い間つきあってる人で山科のお京さんて云う――
 絵をやってます今。
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 ごく簡短な紹介めいた事をすると四人は丸くなって腰をかけた。
 京子は千世子のそばにぴったりとよって笹原って云う人は篤の傍をはなれまいとして居た。
 四人の間には破る事の出来ない「初めて会った人」と云うへだてが出来てどうしても千世子と篤ばかりの話になり勝になった。
「のけもの」と云ういまわしい感じをさけるために千世子はだれにでも話しかけた。
 何と云うまとまりもないありふれた世間話が四人の間を走りまわって白けかかる空気を取りもどすために、篤は下らない自分の日常の事についてまで話した。
 肇は無口な男だった。
 小さくってあつい様な輝のある目と赤い小さい唇と、やせて背の高い体をして居た。
 話をきいては微笑んだりしかめたりして居る様子は何となし気障な様でありながら不愉快な感じは与えなかった。茶色っぽい絣の袷に黒い衿を重ねて小倉の袴の上から同じ羽織をかっつけた様にはおって居た。
 千世子は笑いながら云った。
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「貴方は無口な方でいらっしゃるんですねえ。
「ええ、兄弟もなし祖母のそばでばかり一人で居ましたから一人手に斯うなったんです。
 でもしゃべる事だってないじゃあありません。
「ほんとうに無口同志の寄合なんですよ。
 私達はせわしい中を大さわぎして会っても野原なんかに出かけて行ってよっかかりっこをしながら空を見て居て二言三言話したっきりで別れちゃう事だってあるんです。
 でも妙なもんでそれでも満足するんです、
 お互に。
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 篤はこんな事を云いながら肇の袴の紐をひっぱって居た。
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 ほんとうの仲よしになれればだれだってそうでしょうよ。
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 親友を持たない千世子は二人の兄弟の様な様子を面白そうに見て居た。
 女中の持って来たチョコレートと紅茶を千世子は立って自分で配りながら、
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 おきらいじゃあないでしょう?
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 笑いながらクリクリに刈った肇の頭の地の白く見えるのを上から見ながら云った。
「この人はねえ、チョコレートのそこぬけなんですよ。
 先にねえ、『海の夫人』だか何だったかの時に喰べたのたべないのって――
 そのあげくが喉はいらいらする夜は眠られないって夜中の二時頃わざわざ手紙なんか書いて私の所へよこしたんですよ。」
 篤はいつもになくこんな事を云った。
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「そんなに云うもんじゃあないよ。
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 少し上っかわのかすれた様な細い丸い声であった。
 笑う時少しのぞいた歯は寒くなるほど白い。
 そして大変小粒にそろって居た。
 京子は「云いたい事も云えないから」と云う様な顔をして、
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 私ももう帰らなけりゃあ、
 本石町の伯父が来て居るんですから。
 また上ります、失礼致しました。
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 千世子の何とも云いもしないうちに暗誦する様にスラスラっとのべて出て行きそうにした。
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 一寸御免なさい。
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 あわただしく千世子は立ちあがって京子の後をついて入口に行った。
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 またいらっしゃい、
 あしたでもね!
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 京子の衿をなおしてやりながら云った。
 外へ出て一寸空を見て、
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 上りましたよすっかり。
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 京子は透る声で云ったまんまカタカタと敷石を丹念に踏む音がかなり長い間響いて居た。
 書斎に入った時二人は何か低く話して笑って居た。
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 ねえ私今もそう思ったんですよ
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 〔以下、原稿用紙一枚分欠〕
色が眼についた。
 そんなに大きくない眼が神経的な色で云えば青味を帯びて輝いて居るのも見た。
 そして少しうつむき勝にして上眼で人を見て話すくせのあるのをも知った。
 肇は見るともなしに千世子の眼のあたりを見つめて居た。
 篤の方を向いてしきりに何か話した。千世子はチラッと肇の方を見て、
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 墨がついてますか?
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と云って笑っ
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