四尺位で長さが一間半位の『ふせかご』を作るようにたのんどいで。
 三日位まででね。
「何だろうまあ。
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 女中は大きな声で笑いながら、
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 鳩の事でございますねえ。
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と今思いあたったらしく云った。
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「たった二匹ぼっちの鳩をお入れになるのに一間半なんて長さがいるんでございますか?
「だってお前せまかったら気の毒じゃあないか、
 一間半だってこれっぽっちだよ。
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 わざわざたって行って千世子は柱から柱までの間をさして見たりして、
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 何だか楽しみなもんだねえ。
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なんかと云って笑った。
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 おあきなさらなけりゃあいいが。
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 そう云って居る女中の顔に、
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「また飼番は私だよ。
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と云う色がありありと見えて居た。
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 私の用はそれだけなんだよ。
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 千世子はがっかりした様に云ってクルリッと後を向いてしまった。
 いつもになく千世子は自分の留守に罪もない鳩に女中がつけつけあたりゃあしまいかなんかと云う事がやたらに気になって居た。
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 あとをくっついてどこまでも来るといいんだけど。
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 こんな事も思って居た。
 その日は床に入るまで千世子は鳩の事ばっかり思いつづけた。

   (三)[#「(三)」は縦中横]

 鳩の御夫婦が来てから千世子は女中が起しに来るとすぐ床をぬけ出て「ふせかご」の中や木の枝に面白そうにのんきらしい様子に遊んで居る気軽者を見て機嫌よくして居る日が幾日も幾日もつづいた。
 そうすると女中は気をゆるめた様にきっちりたのんだ時間でない時に耳元で、
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 貴方様
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と呼んだり、
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 鳩はもうさっきから出て居りますんですよ。
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と云ったりする様になった。
 いまいましそうな顔をして、
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 お前ねえ鳩が来たからって時間は時間だよ。
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なんかと云う様な事もあった。
 女中も面白半分に鳩には親切にした。椿の花の下でしきりに羽虫を取りっこして居る二つの白いかたまりを見ながら日あたりのいい南の縁に足を投げ出して千世子は安っぽい――それでも絹の袢衿をやりながら云った。
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 お前がねえ、
 鳩によくしてお呉れだからあげるんだよ、
 だから若しひどくすれば取り返してしまう。
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 小娘の様な顔をして人のいい様子をして居る気むらな我ままな若い女主人の様子を女中は嬉しさと馬鹿にした気持が半々になった心で見ながら心の底の底では、今呉れた衿と今千世子の掛けて居るのとをくらべて居た。
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 鳩が来たんで御機嫌が取りよくなったって云って居たっけ。
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 ちょくちょく来る京子が笑いながらそんな事を云ったのも此の頃であった。
 鳩を小屋に入れる頃から小雨が降り出して夜に入ってもやまなかった。
 夕飯をすまして歌をうたって居た時京子の声がしきりに、
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「一寸一寸、ここまで来て御覧なさいよ。
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と云って居るのをききつけた。
 千世子はつま先でとぶ様にして入口に行って障子を荒っぽくあけると思わず千世子は声をあげた。
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「まあどうしたって云うんだろう。
「何故? 珍らしいでしょう。
 そうやってパサパサな分髪にして居る貴方のわきに私が座ったらさぞ面白いだろう――
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 京子はこんな事を云った。
 縁を緑色に塗った足駄をはいて蛇の目を手にもって京子は青い瓦斯の下に立って居る。
 紫の様に見える濃い髪は形のいい島田に結ばれて長目な顔にほど良い美くしさをそえて居る。
 お召のあらい縞の着物に縮緬のうすい羽織をようやっと止まって居る様に着て背が高い帯の形をコンモリと浮き出させていつもよりは倍も倍も美くしくすなおらしくすべての様子をととのわせて居た。
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「わざわざこんななりをしたんです。
 お召の着物の様な気持のする雨ですもん。
 それにあのいやな仕事もすんだんでねえ。
「まあ、何んしろお上んなさいよ。
 さっきね、
 あの女と一寸気まずい事があったんですよ。
 それで少しくさくさしてたんだから、
 さあ、お上んなさいってばね。
 上らないの?
 よっぽど立姿でもいいって云われたと見える。
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