親の子供に対しての感情と云うものがどれだけ濃やかでどれだけ注意深い親切だかって事をねえ。
それで貴方子供はちっとも親になつかない、
まるで自分達にはなれた事だと思って考えて見たってハムレット以上の悲劇なんです、
私達が書き表しにくいほど複雑した心理状態と悲しさがこもってますものねえ。
だれでもがよくこの頃は親達を裏切った気持だって事を云います、
思想の違って居る事やなんかで少し位の事はあるかもしれないけど裏切るほどの気持にだれでもがなるもんでしょうか。
私は或る一つの悲しいいたましい『流行病《はやりやまい》』だって云うんですよほんとうに。
「じゃあ私もその『病』にかかったんだっておっしゃるんですか?
「そんな事どうだか私はわかるこっちゃあないじゃあありません。
私はねえ、貴方にまるで同情がないんじゃあないんですよ。
でも私は貴方にどうおつとめなさいとか斯うして御覧なさいとかっては云われませんからねえ。
第一貴方の御両親がどんな方だかだって知らないんですもの。
「じゃあやっぱり私は今まで通りの気持で居なけりゃあならないんですかねえ。
ほんとうは私の両親の考えやなんかがそんなにわかって居ないんですよ私に――
「そんなら貴方、今度お帰んなすった時に丁寧に親切にそして器用にお両親の頭をのぞいて御覧なさるといい、
きっと何かの結果のある仕事ですよ、
私は貴方が少しずつでもお両親に近づける様になるにきまってると思います。
ろくに二親の考えもしらないで居て近づけないのなんのかんのってったってまるで食べずぎらいみたいじゃあありませんかほんとうに。
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二人は何ともつかない笑声をたてた。
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「でも若し頭の中に恐ろしいものが居るのを見つけたらどうでしょう。
そうしたらほんとにまあ私はどうだろう。
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肇はいかにも先を見すかして目の前に恐ろしいものでも見た様な声で云った。
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「それがやっぱり分って居ないからなんですよ、
実の生みの親で気の狂った人ででもなければどっから見てもどっからのぞいても恐ろしいものなんかの有ろう筈は有りません。
そりゃあたしかですとも、
若し恐ろしいとか何とか思うのは只自分の感情が間違って感じたと云うんですよ、
はっきりしたたしかな心と眼で
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