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 急ににぎやかに入口に出ると肇は帽子をかぶりながら、
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「お邪魔しました。
 また今度上るかもしれません。
「どうぞ、
 私のお天気屋と我ままと『かんしゃく』さえ御承知なら。
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 かるく頭をさげて千世子は笑った。
 そしてまだ後姿の見えるうちに部屋へひっこんでしまった。
          ――○――
 辺□[#「□」に「(一字分空白)」の注記]な暗いばっかりで何のしなもない夜道を二人はぴったりならんで歩いた。そして若い女達がよくする様にお互に手をにぎりっこして水溜り等に来かかると、水溜の上に二人の手でアーチを作ってとび越えたりした。小石をけとばしながら篤は肇の顔をのぞき込む様にしてきいた。
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「どうだったえ?
「何が?
「何がってさー、今日の訪問がさ、――どうだったかってきくんじゃあないか。
「そうだねえ、どうって別に――
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 肇は煮えきらない返事をした。
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「あの女《ひと》はどう思ったえ――
 一寸見た時どんなだと思ったね。
「そうさねえ、
 そんな事君一体はっきり云えるもんじゃないよ。
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 改まった口調で肇は云って瓦斯燈を見あげてしかめっつらをした。
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「いやじゃあなかったろう、
 今度っきり始めての最後にする気はないだろう。
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 篤は肇の肩を抱える様にして云った。
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「でもね、
 あの女《ひと》はほんとうに感情家で我ままで御天気屋なんだよ。
 そして――
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 肇は何とも云わずにひろびろと横わって居る淋しい町を見て居た。
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「あの人はね、
 だれでも若い者がきらいになれない人だよ。
 すてきな顔つきでも姿でもありゃあしないけれど。
 それにねあの人は音楽も少しは出来る――
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 篤はまとまりのつかない事をつづけて云った。
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「でも僕はまだそんなに感じを受けて居やしない、
 何にしろ初めて会った人だからねえ。
 この次行く気んなったらまた一緒に行こうねえ。
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 肇は千世子の額と一風変った髪形を思い出して居た。そして筒の中
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