お互に初めて会ったって云うんでどっか内密《ないしょ》なものを抱えて考え考え口をきいてますけど、若し三年も四年も御つき合して居てその時に今日の事を考えて見ればきっと何となくふき出したくなる気持がしましょうね。
「そうかもしれませんねえ、
 でもどうだかそんな事は今っからわからない。
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 肇は低い声で返事をした。
 話しの種のなくなった様に三人は丸くなってだまって居るうち千世子の心にはいかにも突飛なお伽話めいたものが思いうかんだ。
 けれ共千世子はそれを話す事はしなかった。
 篤はそんな事に対しての興味はそんなに持って居ない、肇だって初めて会ったばっかりでわかりもしないのに。
 こんな事を考えて居ると肇はチラッと頭をまげて瓦斯の燃える音を聞いて居る千世子の方を見ながら、
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 君? 何時だえ?
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と篤にきく。
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 時間をきにしてらっしゃる?
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 千世子は元の所を見たまんまぶつかる様に云ったんで、篤は千世子が怒ったのかと思った。
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 だってあんまりおそくなるといけませんからねえ。
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 云いわけらしく云うと、
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 何! かまわないんですよ、いくら御覧なすったって!
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 大きな声で千世子は笑った。
 時計の蓋をしめながら、
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 じゃ、もうあんまりおそいから失敬します。
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と云って立ち上ろうとした二人は間の悪そうに袴の紐にくさりをまきつけてからも立つ機会がなかった。
 今までよりも一層はげしいすき間が三人の間に出来た、千世子はそのすき間にすべり落ちて死んで仕舞えるほどの深さが有るに違いないとさえ思った。
 瓦斯のポーポーと云う声よりももっと低い様な調子で話しながらしげしげ四方を見廻した。
 そうして居るうちに、女中《おんな》部屋のボンボン時計が間の抜けた大女の様な音で十一打った。
 二人ははじかれた様に立ちあがって、
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 何ぼ何でもあんまりですから。
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と云った。
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「どうもお気の毒さま、さぞ待遠くていらしたんでしょうね。
「何がです?
「時計の鳴ってくれるのが。
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