になって居る様子を思って皮肉な芝居を見せられた様な気持がしましたよ。
 誰も笑わなかった。
 やがて肇は重々しい目つきをして云った。
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「ポーかゴールキーが書いたらどんなだったでしょう。
「ええほんとにねえ。
 若し私達がそれをモデルにした処がいかにも下司な馬鹿馬鹿しい滑稽ほか出されませんからねえ。
 そんな事を書くには年も若すぎるし第一あんまり幸福すぎますもの。」
 千世子はいかにも研究的な様子をして云った。
「ほんとに私共は苦労しらずですものねえ。
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 千世子は間もなく嬉しい様な声で云った。
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「でも貴方なんか生活の苦労を知ったり下らない苦痛をたえなければならない様で育って来たらきっとごく疑い深いいやな人になったでしょうねえ。
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 篤はくるくると思い切って肥えた千世子の胸のあたりのゆるやかなふくらみを見ながら云う。
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「ほんとうにうまく行って居るもんですよ。
 母はもうそりゃああ冷たいいやな中に育ったんですけど平らかな人の心持をそこねない頭を持ってるんです。
 もとより私とはまるで反対に理智的な澄んだ頭を持って生れたんですけどねえ。
「貴方!」
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 肇は始めて千世子を呼びかけた、そしてしずかなはにかみはにかみ子供の話する様にぽつんぽつんと、
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「私はそれじゃあ例外ですよ。
 両親も可哀がって呉れたし、貧亡[#「亡」に「(ママ)」の注記]ながらそんなにあくせくしないで居られる家庭に育ったんですけど、こんなかげの多い人間が出来上ったんです。
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と云ってかすかに笑った。
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「そいじゃあ、貴方が自分でそうしたんじゃあありませんか。
 体が弱くてらっしゃったんでしょう。」
「ええ、学齢頃までは医者にかかりづめでしたよ。
「だからですよ。
 きっとそうですよ、
 子供のうち弱かった子はそのまんま育っても、あんまり快活にはならない様ですもんねえ。
 でもまあよく今までに御なりんなったんですねえ。
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 千世子は年下のものに云う様な口調で云って笑った。三人はそんなに打ちとけた話も何故かしなかった。
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「ねえ笹原さん、
 私達が今日は
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