を解いて梳って居た。
[#ここから1字下げ]
「お客様がおすみになるとすぐおよったんでございますねえ。
「あああんまり話したんでね、
 すっかり疲れたんだよ。
「私はまあ、貴方様があんまり大きなお声でお話しなすっていらっしゃるからどう遊ばしたんだと思って居りましたの。
[#ここで字下げ終わり]
 女中はこんな事を云ってわけもないのに大きな声をたてて笑った。
 そして女中が牛乳を銀色に光る器に入れて持って来た時また元の椅子に腰をかけて千世子はうつらうつら寝入りそうな気持になって居た。
 軽い夕飯をすましてから千世子は近頃にない真面目な様子でたまって居る手紙の返事や日記をつけた。
 その日から三日先の頁へほんの出来心で千世子は大きく白い処いっぱいに、「赤んべー」をして居る顔を描いた。そしてそのわきにボキボキと、
[#ここから1字下げ]
 いいい
[#ここで字下げ終わり]
と書きそえた。
 自分でもよくあきないで居ると思うほど長い間それを見つめて居た。
 白鳩を呉れると云ってよこした友達に斯んな返事を、不器用なペン字で書いてやった。
[#ここから1字下げ]
 小供っぽい私はほんとうに喜こんで居ますよ。
 可哀いい白鳩の若い御夫婦が私の庭に来て呉れる日を今っから待って居るんです。
 香りの高い紫色の夏の暮方に舞う様子を私は今っから想像して居ます。
[#ここで字下げ終わり]
 うすっぺらな手紙を女中に出させてから明日金物屋へ「きゃしゃ」な「ふせかご」を命じる事を忘れてはならない事の様に思いつづけて居た。
[#ここから1字下げ]
 お前ねえ、
 どうしてもそう云わなけりゃあいけないよ!
[#ここで字下げ終わり]
 千世子は女中の顔を見るなりいきなり云った。
[#ここから1字下げ]
 何でございます?
 何かお云いつけんなったんでございますか?
[#ここで字下げ終わり]
 女中は怒られる事を予期して居る様な眼つきをして居ると思って、
[#ここから1字下げ]
「私怒ってるんじゃあないよ、
 あれさ!
 ほらこないだ云ってただろう、
 近いうちに若い御夫婦がいらっしゃるって――
 だからその人達の家を作ってやらなくっちゃあならないからねえ。
「へえ若い御夫婦って――
 どこへお家を御建て遊ばすんでございます?
「何! なんでもないんだよ、
 お前あした金物屋へ行ってね一寸目位の高さが
前へ 次へ
全34ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング