見ながらきいた。
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「影っ坊師を見て居るんですよ隣りの女中の。
影っ坊師って何だか妙に思わせ振りなもんですねえ。
「女中の?
私はねよくそう思いますよ、
女中ってものは私達と同じ女でありながらまるで特別なものとして神から授かった頭を持ってるってね、面白い研究ですよ、その心理をしらべるのは。
女の見た女中と云うものはほんとうに妙なものに写ります。
きっと男の人なんかにはわかりますまいよ」
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篤は窓から目をはなして考え深い様に一つ処を見て居る千世子の顔を見た。
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「そうですかねえ。
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篤は云った。
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「私なんか女中に接する場合が少ないせいかそんなに知りません。
それに又知ろうとした事もありませんからねえ」
「生理的にも精神的にも違います。
特別な点に気がついてねえ、
奉公人根性をどうしたって無くさせる事は出来ませんよ、
長く奉公をすればするほど気持の悪くなる御追従と謙遜と憎らしい図々しさばかり大抵はふえるもんです。
平気で自分の躰をさいなんで笑う様になりますよ、恐ろしい様にねえ。
「いやなもんだ。
でもそう云う事のあるのは何とない痛ましい事ですねえ。
頭もなく形もととのわず才もない様に育った女が自立しようとすれば一番雑作ないのは女中ですからねえ、やっぱり」
「そうなんですよ。
例えば何か悪い事をしましょう、
頭の足りないせいだと思って同情してそうぎすぎすも云わずに置けばすぐ図にのって来ます、
あたり前だって云う様な顔をしてね」
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千世子は一寸話を止めた。
そしてかなりの間口を開かなかった。
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「どうしたんです?
気分が悪いんですか。
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篤は千世子の顔をのぞき込みながらきいた。
小さい子供のする様に千世子は首を横に振った。
しばらくしてから静かに落ついた声で云った。
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「何でもないんです。
けれどもね、今まで、あんまり下らない話をして居たのに気がついてね、
何だか馬鹿らしくなった」
「してしまった話をどうする事も出来ないじゃあありませんか」
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篤は大きな声で話しながら笑った。
千世子にはほんと
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