うの真面目な言葉としてそれが響いた。
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「ほんとうですねえ。
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そう云いながらも千世子は考える様な目つきをして居た。
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「ほんとうにそうだ!」
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つぶやく様に云った千世子の心の底に重いものが産れて来た。
よろける様にして行ってピアノのふたをあけた。
そしてたったままシューベルトの子守唄を弾いた。
しとやかにゆるい諧調は千世子の心をふんわりと抱えて揺籃の裡に居る様な気持にした。
篤はしずかに歌をつけた。
低いゆーらりゆーらりとした歌に千世子は涙をさそわれる様な心に柔さが出て来た。
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ほんとうに好い曲ですね。
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千世子は幾度も幾度も、繰返し繰返して「ふた」をしながら後に居る篤に云った。
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ああ、貴方に不思議な気持のする音をきかせてあげましょう。
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した蓋をわざわざ開けて千世子は篤の方を見ながらCD[#「D」に「(ママ)」の注記]の音を一度に出した。
完全四度の音程のその音は三角派の絵の様に奇怪なそしてどっかに心安い安らかな思いのこもった響でその余韻には鋭い皮肉がふくまれていかにも官能的な音であった。
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「ねえ、ワイルドの作品の様な――
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音をききすます様な目をして千世子は云った。
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「幾分かはそう思いますけど――
それほどに感じませんよ。
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千世子は篤の答にがっかりした様に首を振って静かに蓋を閉じた。
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「貴方、割合に鈍いんですねえ、
いけないじゃありませんか、そんなじゃあ。
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わざとらしい笑い様をして千世子はとっぴょうしもないそっぽうを見て居た。
千世子は腰掛様ともしないで部屋のあっちこっちと歩きまわった。
茶っぽい帯の傍からうす色の帯上げが少しのぞいて白い足袋に蹴り上げられる絹の裾が陰の多い襞を作るのを篤は静かに見て居た。
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貴方随分|暢気《のんき》らしい方だ。
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千世子は向うの隅から両手を組合わせてズーッと下にのばしてこっちに歩きながら云った。
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