づけた。

   (二)[#「(二)」は縦中横]

 神田まで用で行って帰って見ると思いがけなく篤が来て千世子の帰るのを待って居た。
 紙包と傘を持って元気らしく笑って立って居る女中は、
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 さきほどお出遊ばしたんでございます。
 三時頃までに帰るとおっしゃってでございましたと申上たんでお待ちになっていらっしゃったんでございますよ。
[#ここで字下げ終わり]
と云いながら書架のわきに本を見て居た篤に、
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 只今お帰りになりました。
[#ここで字下げ終わり]
と云って奥へそわそわと引っ込んで行った。
 千世子は銘仙の着物に八二重の帯を低くしめたまんま書斎に行った。
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「どうもお待遠様。
 いついらしったんです?
[#ここで字下げ終わり]
 篤は本をふせて立ち上りながら丸い声で云った。
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「も一寸前なんです。
 帰ろうかと思ったんですけどあの女《ひと》がもう直《すぐ》だって云ったんでこんな処に待ってたんです。
 いそがしいんですか?
「ええ昨日《きのう》まではね。
 でも今日はようござんすよ、
 きまった事がないんだから。
 今日は一人なんですか?
「いいえね、□□[#「□□」に「(二字分空白)」の注記]そこの例のうちへ来たんです。
 ほら、あの先一度会ったじゃあありませんかあの中村って云う人ね、
 あの人と来たんです。
 でも他所《よそ》に用がまだ有るんだって京橋へ行きましたよ!
「へえ、わざわざ用を作ったんですよ、
 そうにきまってますともね。
 あの方はそう親しくない人なんかの家へ行きそうない様子ですもの、
 引込思案らしい方ですものねえ。
「そりゃあ、そうかもしれませんよ、
 あの人ではね!
 それが又あの人の良い処なんだもの。
[#ここで字下げ終わり]
 篤はその人の顔を思い出そうとする様な目差しをしながら云った、そしてまるで気を変えた様に千世子の指のオパールを見ながら声の練習でもする様に気をつけて節まわしよくするすると話し出した。
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「此頃体の具合はどうなんです。
 少し眼が窪んだ様ですねえ、
 夏まけでもするんでしょうか。
「いいえね夏まけってんでもないんだけれ共四月から五月にかけてきっと頭の工合を悪くするんですよ。
 もう四月の濃い空気が私にのし
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