はなくて、その「血統が母系において――母権によって」辿られたこと、その結果、女子が重い尊敬をうけた女性支配を齎していたことを証明した点にあった。訳出されているのは序文だけである由だが、バッハオーフェンの思索とその方法と表現とのかかる古典的特色は満喫し得る。ギリシア神話と英雄伝とを日常生活の伝統に持っていない日本人にとっては、全く訳者の云われている通り訳すにも労多く、感情をもって理解するにも当然或る困難を伴うのである。同時に、今日の世界に生きている読書人にとっては、例えばギリシア人の間で母権から父権への推移が生じた原因を、バッハオーフェンの説明したように、宗教的観念の発達した結果新しい神々が旧いギリシアの神々の間にわり込んで来て勝利したからであると考えることも、亦不可能であろう。男女相互の社会的関係が歴史的な変化をうけて「女性の世界史的敗北として」の母権顛覆が起ったのは、バッハオーフェンがエスキュロスの悲劇の章句によって説明したように女神アテネが良人アガメムノンと良人の父とを殺害した母親クリテムネストラを殺して復讐した息子オレステスを無罪にしたことから由来しているというよりは、人間の現実
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