近代社会の発生とその社会内における婦人の現実的関係を知ろうとする読書人にとって、疑いなく一つの価値ある文献を加えられたことである。
 訳者富野敬照氏は日本の上代の歴史との連関においても『母権論』の古典的文献的価値を認めて居られる。モルガンの「古代社会」や家族、私有財産及び国家の起源に関するエンゲルスの著作などは、その見解に対する賛否はいずれにせよ、その部門での古典として何人も読まざるを得ないものであるから、既にこれらの極めて具体的でありリアリスティックな諸研究のうちに十分とりあげられ、その先駆的な労作としての評価と発展的な批判とがなされているバッハオーフェンのこの「宗教をもって世界史の決定的な槓杆とした」研究も、未踏であった先史の中に第一歩を印した古典として、読まるべき意義を失ってはいないのである。
 一八六一年に書かれたこの『母権論』の功績は、著者バッハオーフェンが自身の神秘的な観念に制約されつつも、熱心にギリシア、ローマ等の古典文学を跋渉し、章句を引用し、彼以前には、全く空白《ブランク》に等しかった先史の分野に、一夫一婦制以前の社会が単に無規律性交の行われていた原始状態であったので
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