折たく柴
宮本百合子
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支那事変がはじまって五年、大東亜戦争がはじまって満一ヵ年と十ヵ月経って秋も深くなった。
燃料がどこの家でも不如意になって来ていて、風呂たきは注意ぶかい一家の行事の一つとなった。
いろいろのものが焚かれるようになって来た。物置はそのために隅々までしらべられ、もう十七年も前、駒沢の家から外国旅行に出るとき、遑しい引越し荷物の一部として石油の空かんにつめられた古雑誌も出て来た。どの雑誌も厚くて、いい紙がつかわれていて、昭和二年頃のものである。
○
今はもうたきつけというほどのものもない焚物小舎によりかかって火の番をしていた。
家の女や子供たちが昨日疎開して、家のぐるりは森閑とし空がひろびろと感じられる。
古雑誌のちぎれを何心なくとり上げたら、普仏戦争でパリの籠城のはじまった頃のゴンクールの日記があった。
道端で籠を下げた物うりが妙な貝を売っている。玉子などの立売りも出ている。パリの騒然とした街の様子が彼独特の詳細な筆致でかかれているあとに、市役所のアーク燈に照らされた大階段にぎっしりとつめかけて国民
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