ら氷菓と一緒にこまこました思いを飲み下した。例えば、八十五ルーブリ――しかもそれがやっと歩合でとれる金で、どうして夏だからと云って下宿へ来て、二週間に八十四ルーブリ払えるであろう?(または)毎朝毎朝ああやって目先をかえて出て来る着物は、どういう工面で出来ることやら――
 女のいう二箇国語の知識や金牌やらが信じられぬ存在になるのであった。
 電気技師だってそれらを信じるというのではなかった。ただ一ヵ月に取れる金の八十五ルーブリと二週間に出せる金の八十四ルーブリとの間にある矛盾が、漠然と遠くない過去、資本主義時代のペテルブルグ生活を思い出させ、女が、わたしの夫、わたしの夫と云う職業も不明な夫が複数の感じで彼に映るのであった。その朝、タタール風な頭の電気技師は妻君より早く起きた。来年銀婚式をするべき妻君のユリヤ・ニコライエヴナが小さい義歯にブラッシをかけている間に、彼は今朝はバラ色のなりの女と公園の奥を散歩した。技師だけ妻君の室に戻り、再び夫婦で食堂へ降りた時、玄関から真直食堂に入っていたバラ色のニーナは待ちかねていたように立ち上って、まず妻君の手を握った。
「お早うございます。ユリヤ・ニコ
前へ 次へ
全75ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング