供をかけさせておいた。子供は犬と戯れつつ、あるいは建物の四階の窓からリボンをつき出している友達と声高にしゃべりつつ、絨毯の番をした。中庭の光景のあちらの空に芽ぐんだばかりの緑色に煙る菩提樹《リーパ》の大きな頂が見えた。煉瓦の赤い建物がそこにあるので、菩提樹の柔い緑色は一そう柔く煙のように見える。
 アンナ・リヴォーヴナは借室《クワルチーラ》へ床磨きをよんだ。復活祭《パスハ》まで床磨き人は、権威ありげに口をきいた。ナースチャは洗濯をした。ふだんの洗濯のほかに、アンナ・リヴォーヴナが去年の復活祭から枕にかけたレースや、食卓覆い、カーテンを洗った。台所の外についている露台に石油焜炉《プリムス》を持ち出し、洗濯物をにては盥のなかでもむ。オルロフが、すべるように猫背でやって来た。台所の戸は、箒をつっかって開け放しだ。そこから露台に向って彼は、例の口調で、
「ナースチャ、いつお前の手がすくだろうかね」
 ナースチャは、背を向けたまま答える。
「三時間かかります」
 一年じゅうの洗濯をしてしまわなければならぬ。働きながら、時々ナースチャは石鹸水でふやけた手を露台の上からふって笑った。露台の上から、下
前へ 次へ
全75ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング