の樽に雪がついていた。
 雪は細かく、しきりに降る。
 石油販売所の石段から、買いての列は町角のタバコ売店《キオスク》の前まで連った。女ばかりであった。ナースチャの後には石油焜炉《プリムス》を下げた婆さんが立っていた。ナースチャの前には、若い娘が繩でつるしたガラス壜を歩道において、壁にもたれ、一心に本を読んでいる。ショールからはみ出した娘の前髪に雪がちらちらついた。粉雪をとおして遠くに、アルバート街の赤と白で塗った大教会の塔が美しく眺められる。
 ナースチャはバタも買わなければならなかった。彼女は四十分も待っているのだ。ナースチャは、うしろの婆さんに、
「わたしちょっと買物をしてくるから、番おぼえてて下さいね」
と頼んだ。
「罐おいてくから、どうぞ見てて下さい、お婆さん」
 石油焜炉《プリムス》を片手に下げながら婆さんは、往来から拾った吸いのこりのタバコをふかしていた。
「よしよし、見ててやるよ」
 バタとジャガいもを籠に入れ、籠は腕にひっかけ、外套のかくしから向日葵の種を出して食べ食べナースチャが戻って来ると、石油販売所の人だかりは一そうひどくなっていた。ただの通行人は、そこまで来る
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