を送り出すとアンナ・リヴォーヴナは頭をふりふり食堂へ戻った。夜、リザ・セミョンノヴナのところへ茶を運んだ時、ナースチャは、
「聞いて下さい。リザ・セミョンノヴナ」
 例の、もう散らかりかけている小机の隅へ膝をついた。
「今日、なんて男が室を借りに来たか! なにか云うたんびに一々ちょっと失礼だの、ごめんなさいだのくっつけるんですよ、そのくせ、机が二寸長すぎてもいけないんだって!」
 肌の綺麗な顔を少し反らせ、湿っぽくて臭そうなナースチャの綿繻子の前垂を眺めながら、リザ・セミョンノヴナはきいた。
「もうきまったの」
 ナースチャは田舎女らしく目まぜをしてささやいた。
「アンナ・リヴォーヴナはちっともその男を好いちゃいないんです。ちゃんとわかってる。――でもお金があるんですよ、半年分払うんですって」
「ふうん」
「あの山羊髯!」
 リザ・セミョンノヴナは無頓着に云った。
「いいさ、そんな男の細君になる女だってあるんだから」
 出がけにナースチャが戸を開けると、廊下で鋸の音がした。
「なにがはじまったの」
「ごらんなさい、パーヴェル・パヴロヴィッチが机を二寸ちぢめているんですよ」

 男は越し
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