んだから」
「ばかなナースチャ、おかっぱにしないのなんか禿げ頭の爺さんか豚だけよ――ごらん、わたしだってよく似合ってるじゃないの」
ナースチャは、感嘆して、紫苑色のリザ・セミョンノヴナのすらりとしたスウェーター姿を眺めた。
「わたしだってあなたみたいな髪さえあれば……こんな黒い髪! あきあきしちゃう」
「ホウ、ホウ、ホウ」
肩をすぼめ、唇を丸め、ホークで器用に小鍋をひっかけながら、
「そら出来た」
リザ・セミョンノヴナはガスを消す。
「寝る? ナースチャ」
ナースチャはもっといろいろのことをしゃべりたい。その心持をあらわす暇のないうちに、
「じゃおやすみ、ありがとうよ、ナースチャ」
リザ・セミョンノヴナは裾の端を台所の戸がしめこみそうにひらり、小鍋を持って自分の室に行ってしまうのであった。
ナースチャがお休みなさいと云う間もなかった。
彼女は台所の隅の四本柱の腰かけの上で、両手を膝の間にはさみ、体を前や後に振りながら周囲の物音をききすます。廊下のあちらでリザ・セミョンノヴナの戸が閉った。食堂からこもった笑声が響いた。食堂の入口に厚いカーテンが下っているからあんなに遠く聞え
前へ
次へ
全75ページ中37ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング