て表面だけ白っぽくかわいて見えても、石と石との隙間の奥にはいつも黒いぐしゃぐしゃした泥濘がある。ナースチャは時々、そのごろた石と石との隙間に靴の踵をかまれてよろけながら、眼をつき出し、愉快そうにアンナ・リヴォーヴナのあとから店々をのぞいて歩くのであった。
頭上の大板へ葡萄《ぶどう》と林檎《りんご》を盛った男が、長靴を鳴らし人をかきわけてやって来た。女がその肩にぶつかった。
「ヘーイ、ヘイ! ばかやろう《ドゥーラ》!」
いそいでよけた女の顔の前へ、てのひらにのせた鶏をつき出して、横歩きをしつつ髯の大きな男が熱心につばきをとばしてしゃべった。
「|奥さん《マーモチカ》、じゃいくらならいいんだね。見なさい。こりゃ本当のヒナですぜ、けさつぶした」
赤い羽根付の帽子をかぶった女は止らず歩きつづけた。
「だから、もう云ったよ。八十五カペイキ!」
「もう十カペイキだけ! あんたにとってこれっぽっち同じじゃないか」
「同じなら、お前さん負けとき」
「わたしのを買って下さいよ、ね奥さん」
更紗のプラトークをかぶった女が、その時やっぱり手に毛をにぎったひどくひねた鶏をのせ、人かげから、歩いてゆく女
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