けてある鉄扉と内壁との間へ頭だけつっこんだ。そうすると安心したように山羊は眼を細くし、時々短い白い尻尾をぶるるるとふるわした。ナースチャはむき出しな腕に籠を引かけ、その山羊のとぼけた鼻面を見ながら笑った。
「ばか……」
 ナースチャの肩に後から触るものがある。
「お前さんもここへ逃げこんだの?」
 振返って見て、ナースチャは顔をあからめた。
 アンナ・リヴォーヴナが自分の体からはなして洋傘《こうもり》の滴をきりながら立っているのであった。
「気違いみたいなお天気じゃないの」
 ツィガンカが、目さとく彼女を見つけ、そばへよって来た。
「|可愛いお方《ミールイ・モイ》、|占いしましょう《ガダーチ・ワーム・ナード》、|たった十カペイキ《トーリコ・グリヴェニク》、|占いさせて下さい《ダワイ・ガダーチ》」
 アンナ・リヴォーヴナは手提袋をあけ、三カペイキの銅貨をツィガンカの黒い、爪だけ白い手の平にのせた。
 ツィガンカはおじぎし、アーチの端へ去った。
「わたしは占いがこわい」
 アンナ・リヴォーヴナがナースチャにささやいた。
「お前さんはどう?」
 ナースチャはわからなかった。彼女はツィガンカに
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