彼らのところへ来た女客が足早に下から出て行き、直ぐつれ立って柵のそとへ去った。

        四

 隅の椅子にナースチャがかけて見ていた。
 アンナ・リヴォーヴナは髪に気をつけながら頭からゆっくり服をかぶって着かけている。のびた腋の下、レースの沢山ついた下着。
 すっかり裾をひきおろし、あっちこっち皺をなおし、アンナ・リヴォーヴナは長い鏡の前へ近づいて立った。
「どう?」
 ナースチャは、自分に云われたのかどうかわからず、黙っていた。
「なんて云うのお前さんの名――マーシェンカ?」
 横向きになって、袖のつけ工合を鏡のなかで眺めながらきいた。
「いいえ。ナースチャ」
「じゃ、ナースチャ、見てちょうだい。腋の下んところがつれてやしないかしら」
 ナースチャは立って絹紗のような紫の服を見た。
「なんともありません」
 その服をぬぎ、こんどは裾をつめた方を着こみ、小一時間ぐずぐずしている間に、アンナ・リヴォーヴナは、ナースチャにチョコレートを食べさした。そして、田舎娘の細そりした体に不釣合ながっしり大きい手を眺めながら、こんな問答をした。
「お前さん、丈夫?」
「ええ」
「もう一人いた
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