ろう。おかみさん、あなたになにも云いませんでしたか」
「いいえ」
ねずみ色と白のひだの多い服を着たその客は肩をすぼめた。シューラは蒼い顔に唇をきっと引きしめ、またたきもせず客の一挙一動を見守った。
「わたしんところになおしてお貰いしたいものがあるんですがね」
「へえ」
「一枚たけをつめるのと、一枚ちょっと胸の工合をなおしてお貰いしたいのと――ドイツにいたころ買ったんで、品がいいからすてるのももったいないと思ってね」
仕立屋の伯母は、別にわざとでもない落着いた口調で、
「ようございます」
と答えた。
「直き出来ます?」
女客は少し床几からのり出すようにして、つづけた。
「それで……なんですか、いつ来て下さいます?」
「明日あがります」
「わたしの室でやってお貰い出来ないかしら」
「それは出来ません」
仕立屋の伯母は、落ちついて、しかしきっぱり断った。
「あなたのお仕事ばかりしているんでありませんから」
客は、仮縫には自分がまた出かけてきてよいと云った。
「あなたよりはわたしの方が暇ですからね、とにかく……。で、どのくらいで出来るでしょうたいてい……下宿の前にも一軒あったんですが
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