ースチャ自身は、一度も堤防によじのぼったことはなかった。遠くから眺めて、時々、いい景色で心持がよいと思った。そういう気質は、ナースチャの死んだ親父が彼女のうちへのこして行ったものだ。
野原のなかに、もう一つ動かず毎日ナースチャの目に映るものがあった。それは堤防とは反対側の野のかなたの果にある貨車の列だ。貨車は八台見えた。七月の太陽に暑そうな赫土色に光って見えた。一日じゅう貨車は動かないままでいた。それに気づいた時、ナースチャはなんだか楽しみな心持で、元気づいた。――あの貨車はいつ動き出すのだろう。このうね[#「うね」に傍点]をきってしまうのとどちらが早いか。
ナースチャは、ジャガいも畑でさくりをきっているのであった。畑は本物の畑とは云えなかった。少し深く掘ると腐った薬罐《やかん》の破片だの罐詰の空罐だのの出て来る原っぱの端だが、その地面の草を四角くむしって仕立屋の伯母がジャガいもを作っているのだ。
鍬のいやに根っこのところを握って、白いプラトークを頭にかぶったナースチャは地面を掘りかえしつづけた。掘られた土は冷やりナースチャの裸足《はだし》の甲にかかり、あたりには暑い草いきれと微
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