た店などでも、覗いて見ると、店も住居もたった一つであった。奥に家族の寝台がある土間に床几と卓を並べ、燻る料理ストーブが立っているわきの壁に、羊の股肉とニンニクの玉とがぶら下っている。そういう風なのである。
 バクー名所の一つである九世紀頃のアラビア人の防壁を見物して、磨滅した荒い石段々を弾む足どりでイラ草の茎を片手にもって降りて来たら、わきの共同便所の前から十一二歳の少年の一団がやって来る。見ると真中の一人が、便所へおとしたその糞だらけの靴を当惑そうに紐でぶら下げ、片足は裸足のまま、軽く跛《びっこ》をひいて歩いて来る。それをとりまく少年たちは、いずれも真面目な心配を顔に現して、惨めな靴をのぞき込みつつ、大股に跟《つ》いて歩いて来るのであった。
 バクーの市街には、驚くほど古いものと新しいものとが入り混っている。自分はキルションの戯曲「風の町」を思い出し、この地方の住民が数世紀に亙って様々の形で行って来た支配権力との揉み合いの歴史を、深く思いやった。帝政ロシアの権力は、石油とカスピ海を眼目にこの都市を侵略した。一九一七年には、ペルシアの石油を我ものにしただけでまだ満足しない帝国主義イギリ
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