養委員会《ナルピット》のレストランなども見えているが、どういう訳か遊歩道《プロムナード》には前にも後にも人が疎で、海から吹いて来る強い風に、コックの白上衣が繩につられてはためいている。
海沿いの公園では夾竹桃が真盛りであった。わきのベンチに白い布で寛やかに頭から体をつつんだペルシア女が、黒い目で凝っと風に光る紅い夾竹桃の花を眺めている。ここも人気すくなく、程経って二十人ばかりのソヴェト水兵が足並そろえてやって来て、同じ歩調で夾竹桃の花のむこうを通りすぎた。
どの小道へ曲っても、乾いた太陽と風とがある。
粘土と平ったい石片とで築かれたアラビア人の城砦の廃墟というのへ登り、風にさからって展望すると、バクーの新市街の方はヨーロッパ風の建物の尖塔や窓々で燦めいている。けれども目の下の旧市街は低い近東風の平《ひら》屋根の波つづきで、平《ひら》屋根の上には大小の壺が置いてあるのなども見えるのである。渋っぽい、うるし[#「うるし」に傍点]のような匂いのする露路へ入ると、ぎっしり並んだ箱の蓋をあけたように種々様々の韃靼人の店があった。ロシア語で「食堂」と書き、あとは右書きの地方文字で看板をかかげ
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