出した。黒石油は重く、泥が煮えるように湧き立っているのである。
 二露里ばかり行ったところに白石油だけが出る油田があった。数ヵ所で試掘が行われてい、その工事監理の事務所が風当りのつよい丘の上にバラック建でつくられている。通りすがりの窓から内部の板壁に貼ってある専門地図、レーニンの肖像、数冊の本、バラライカなどが見えた。キャンプ用寝室も置かれてある。
 折から手のすいていた四五人の労働者に、珍しく更紗のスカートをつけた若い女が一人混って、試掘の行われている場所を見物した。ざっと結った柵の中で、やはりポクポクして崩れ易い周囲の泥に石油の色を滲ませて、透明な油が湧出している。強い風にもかかわらず揮発する石油の匂いが面を打った。案内して来た技師は、暫くの間素人である自分達を忘れて、責任者らしい落着いた労働者と身を入れて専門の話をし、やがて、同じ真面目な口調で、云った。
「ここの白石油は非常に良質で、全く我々の宝です。……まだ砂が出るので、こうやって開けてあるが、もう一週間ぐらいのうちに、万端設備が終るでしょう」
 また労働者と話し、再び自分たちに向って、仕事の価値を知っている者だけの示す叮重さで、
「白石油のこれ位純粋なのは珍しいです。今われわれは、殆どこれと同質のところを四つ試掘中です」
と云った。
 バクーの油田は領域の広さ、量の豊富さばかりでなく、湧出する原油の質が多様な点でも、優れているのだそうである。

          五

 小道を下って、本通りに待っている自動車に乗り、蹄形に来た道と油田をかこんで平行しているコンクリート道路を暫く行った。その道は矢張り真直で人気なく、左右は古びた板塀とその中に突立っている無数の汲出櫓ばかりである。風は海坊主の柱のような黒い間を吹き荒れた。風にもめげず四十幾つかの汲出機が一つのモーターで規則正しく動いているのが自動車の上からも見える。――
 自動車が一つの角を曲って、急にさっぱりした住宅区域に入った時、自分は思わず頬が温い空気にふれたように感じた。
 自動車の通る道路をはさんで両側に低い木柵を結った二階建の住宅が、同じ形で四五十軒並んでいる。小鳥の籠ゼラニュームの鉢などが出ている窓もある。そういう小住宅が五側ばかりで、清潔な町をかたちづくっているのであった。
 一つの扉の前で自動車を停め、技師は自分たちをも車からおろし、

前へ 次へ
全9ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング