行こうという着眼は理解されるけれども、一々の家庭の現実について見ると、そこに悲しき頬笑みの浮ぶ事情もあるのである。そんなに迄する必要が迫っているかという思いと、こういう暮しの中ではそれさえ出来ないという発見とが、苦しく綯《な》い合わされるのである。
 綿の栽培が又はやりはじめたことも何となく私たちの女の心をひく事柄である。綿の栽培は明治二十年以来日本では忘られる一方であったそうだ。それが又立ちかえって植られるとすれば、農家の奥からブーンブーンと綿から糸をひく絃の響もきこえて来るようになるかもしれない。そして娘さんの世界には、糸をひくこと、染ること、綿を織ること、それが女一人前の資格の一つとして立ちかえって来るのだろうか。昼間は機械工として近代の工業に参加する娘さんの、夜なべの仕事は綿紡ぎになるのだろうか。
 牧歌的な懐古の趣ばかりがここに感じられないところに、今日の現実の性質があるのだと思う。
[#地付き]〔一九四〇年三月〕



底本:「宮本百合子全集 第十四巻」新日本出版社
   1979(昭和54)年7月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
初出:「日
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