に、凄い土地の暴騰として、事変前の十倍に上ったという地価のことが出ていた。それに比べれば、昭和合金へ売った地面は寧ろやす過ぎたようなものだ。整理組合がなまじっかあるものだから、どうも個人として腕いっぱいの仕事がしにくい。役員の過半が、奥手へ土地をもっている連中なのが、やはり暗黙に邪魔しているとも思える。遠慮して素通りさせるがものはねえ、といった心の底にはわが身の前を素通りしているものがあるという気持からだったのに、碌三にまで勘ぐられたのは心外であった。
西北の一角を切りくずしてしまえば、それで昭和合金へ売った土地の地下げは終るという日のことであった。裏の苗畑につかう堆肥のところにいる猛之介を、女房のセキが表の方から、父さんどこけ? とうるさく呼びながら、さがして来た。そういうとき猛之介は決して、ここだぞウと返事はしない。縞の前垂をかけて小さい丸髷に結ったセキが、ああなアんだ、そこけ、と近づいて来るのを猛之介はこちらに立って見据えていたが、セキは又どういうものかきょうはいつものように顔の見えたところから大声でがなって来ず、すっかり猛之介のそばへよるまで黙っていて、しかも四辺を憚る気配
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