に店をひらいている。碌三の理髪店も昔から在るそういうこの土地らしい床屋の一つで、大福餠屋の店と同様、案外やって行けている。昔は街道往来の馬車挽だの、野菜車をひいて東京へ近在ものを売りに出る若衆を相手にしていたこれらの店へ、この頃入って来たのは、会社のマーク入りのカーキのジャムパアに、作業帽をかぶった若い者たちで、歩道のとこでキャッチ・ボールなんかしていたかと思うと、碌三の店をのぞいて、すいているとふらりと入って来たりする。国防色の平べったい袋をいつか鏡のところへ置き忘れて行った若いのがあった。財布でもなしと、碌三が白い上っぱりの裾で手を拭いて、そっとあけてみたら、それはピンポンのラケットであった。五十八になっている碌三は、それを眺めながら、何か沁々《しみじみ》と今の若い者の生活やたのしみが自分たちの若衆時代とちがって来ていることを感じ、羨望とも、哀感ともつかない気持で暫くラケットをひっくりかえして見ていた。
 景気に波がある。このことは、碌三の頭をはなれないことである。同じ土地整理組合に入っていても、所有地が裏だったりいろいろの不便な条件にあることはやむを得ないとして、整理組合がそこい
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