やって来て、井上たちの引上げる頃までいる少年が、井上の目をひいた。君、何年? 五年。何ていうの? 辰太郎。この辰太郎は無口で、だんだん掘る仕事の手つだいもするようになった。かえりのバスの中で中学生がふっと井上に云った。あの辰太郎って子ね、何だか寂しそうな子ですね、僕そう感じるな。服装は大してわるくないし、お八ツ時分、井上が角の大福屋へ汁粉をのみにさそっても、余りついて来ない。
 この辰太郎が猛之介の孫で、養子であった生みの父親は、財産のことで猛之介と大衝突して、七八年前家を出てしまっていることを知ったのは、もう夏に入ってからであった。

 縮《ちぢみ》のシャツの背中を汗でじっとりにして、掘り初めの時分から見ると、すっかり日やけのした井上が、夏の日永を一刻も惜むようにして働いている。辰太郎が運動パンツに跣足《はだし》でわきにくっついて、シャベルを動かしている。その頃には、竪穴はもう二十米以上掘られて、その一部は又土をかぶせて、新築の鋳物工場や、仕上工場の土間になっていた。けれども、今にえらい先生がたが来るのだからと云って、柔らかな土間の上へ白い石灰で竪穴の形が鮮やかに描かれていた。雨のす
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