で囁いた。昭和合金さ売った地面から、何か出るんだとよ。人よせが始まってるとよ。――おら始めて今聞いたが。
 顎をひく表情でそれをきいていた猛之介は、黙ったまま大きく両方の掌をうちあわせて塵を払うと、そのまま畑から出かけた。
 行ってみると、注進どおり合金の庶務という男と、請負の現場監督と、人夫頭と、ほかにこれまで見たことのない洋服の若い男が三人、もう地下げの済んでいる地点にかたまっている。紺の服を着たおとなしそうな若い男が、そこから拾って来た枝の先で、地べたの上をさしながら何か説明している。猛之介の現れたときにはそれが殆ど終って、庶務の男が、ふーん、そういうものだとは知らなかった。こんなにかたまってあるのは珍しいんですかね。いや、きっと承知しますよ。飯島君、事務所の方からかかってゆけば、こっちは秋ぐらいになるんだろう? と、何かその若い男の肩をもった調子で云っているところであった。飯島も、おだやかに、さア、秋まではどうかしらんが、夏いっぱいは大丈夫ですよ。それに大体こっち半分は庭になるんだししますからね。そう返事をしている。
 猛之介は人々のその輪の間へ、や、と頭一つ下げてわり込んで行った。そして、目をはっきりさせようと二つ三つ瞬きをして、そこの地べたを見下した。何もほかのところと変ったことはない。もし変ったところと云えば、枝を手にもっている若い男の足許のところに、赭土を区切って一間四方ぐらい畑土が黒くつまった場所があるが、そんなところはこの地下げが始ったときからあって、こう見わたしたところ、敷地全体にちらばって二十や二十四五ヵ所、色ちがいのところはあるのだ。
 用心ぶかく沈黙を守っている猛之介を合金の庶務が、その若い背広に紹介した。猛之介は、おとなしそうな若い男の顔へ、力のこもった視線を凝《じ》っと注ぎながら、何があるんですかな、と訊いた。竪穴が発見されたんです。この新しい黒土がつまっているところですね。ここに、大昔、人間が棲んでいた竪穴があるんです。若い男は人のいい嬉しそうな笑顔で、実に珍しいんです、このように聚落をなしているのは。と云うのであった。ふーん。じゃ、あっちのもみんな、その穴ですね? そうですとも。功労者は、この小関君です。というのを見れば、それは中学の帽子をかぶった十六七の少年で、これも笑いひろげた口元が血色のいい頬っぺたを無邪気に盛り上げている。穴からは何か出ますかね。それは、発掘してみなければ分りませんが、土器は確に出るでしょう。淡白な答えで、猛之介に何となくその先の質問を出しかねさせた。猛之介のききたいところは、その土器というのは金目のものなのか、そうでないものか、という点なのである。
 一団は、あちこちで掘りかえされている赭土の地肌から陽炎《かげろう》のたつ日向をゆっくり歩いて、改正通りの方へ出た。バスへのる迄注意していたが、洋服連の話は呑気で、大森の貝塚がどうのこうのというようなことばかりであった。
 猛之介は、むずかしい顔つきで下唇をつき出しながら、独り又敷地の方へ戻った。モッコをかついだ人夫の往来を漫然と眺めながら、落付かない気がした。猛之介は気を引くように人夫頭の吉永に向って、ふん、物好きもあったもんだね、いくらかになるんかい、土器とかを掘り出して、と云ってみた。研究だろう、大学の方の連中だってえもの。これもあっさりした返事である。
 じろりと吉永に一瞥を与えて、猛之介は敷地の外へ出た。どいつもこいつも、はぐらかしたような返事ばっかりする。吉永だってわかるもんか、初めっからあすこにいたからには、うまい話なら一丁のっていない筈はない。本当のことなんか云うものか。若し一文にもならないようなことなら、あんなに皆うれしそうな光った眼をする筈はありっこないのだ。これが猛之介の信念である。
 整理組合のガラス戸越しにのぞくと、役員の中では一番年配の岩本が、ぽつねんと一人で外を見ているところであった。猛之介は、どうだね、いい話はないかね、と云いながら入って行った。岩本はすこし耳が遠いので、その挨拶には答えず、どうしたね、何か用かねと、新聞を片よせた。そこで猛之介は、昭和合金の敷地に竪穴が出たこと、そこから土器が出るらしいことを話した。へーえ、あすこからそんなものが出るのかね。じゃあ、よそにもあるかしんねえな。ふむ。土器なんてもな、どうなんだね、金になる代物かね。さあ。――とにかく博物館にゃ多分そんなようなもんも納めてあったな。
 猛之介は、何んでもない世間話をして、そこを出た。博物館にも納っているとすれば、いずれ何か曰くはある物に相違ない。わるくひとにさわがれてしまうと工合がよくない。家へ戻るとセキが、声をひそめて、お父さん、何だったね、とよって来た。猛之介は例の見据えるような見かたで女房を顧みながら、何か
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